こんにちは!本大好きの夫婦いちごバターと申します!

本記事の対象は以下のような方です。

  • 村上春樹の『騎士団長殺し』を読み終えた方

そしてこの記事の対象の方々に以下のようになってほしいです。

  • 『騎士団長殺し』の一解釈をもとに作品の理解を深められている

村上春樹を愛してやまない夫婦が騎士団長殺しを読んで解釈が難解だった思うところについて、自分たちなりの解釈をまとめていきたいと思います。

※最終更新:2026/1

いちごバターのご紹介

はじめまして、本好き夫婦のいちごバターです。

5年ほどの読書歴の中で、2人で500冊以上の本を読んできました。

特に村上春樹さんの作品は大好きで、物語を「自分たちなりの解釈」を大切にしながら読んでいます。

この記事では、『騎士団長殺し』の物語の一解釈をまとめていきます。

あくまで一読者としての感想・解釈ですが、作品をより深く楽しむきっかけとなれたらうれしいです。

『騎士団長殺し』の基本情報

【出版年】

2017年

(第1部「顕れるイデア編」、第2部「遷ろうメタファー編」の2巻同時刊行)

【概要】

肖像画家として生計を立てていた私は、妻から突然別れを告げられ、山中の一軒家にこもる生活を始めます。

その家の屋根裏で、かつての日本画家・雨田具彦が描いた謎の絵画「騎士団長殺し」を発見したことをきっかけに、現実と観念の境界が揺らぎ始めます。

近隣に住む謎めいた富豪・免色渉との交流、夜ごと鳴り響く鈴の音、そして「イデア」として具現化する騎士団長の出現によって、物語は深層心理と象徴の世界へと踏み込んでいきます。

失われたもの、喪失の痛み、創作と暴力、自己の内面と向き合う過程が、寓話的かつ重層的に描かれる長編小説です。

【書籍構成】

順番タイトルページ数(文庫版)
1顕れるイデア編(上)336ページ
2顕れるイデア編(下)336ページ
3遷ろうメタファー編(上) 336ページ
4遷ろうメタファー編(下) 384ページ

【難易度】

■■■□□(3/5点)

=文章は読みやすいのですが、物語が緩やかに動いていくことや、観念的な表現が多いため、村上作品が初めての方はやや難しいと感じるかと思います。

解釈

作品の主題

過去を乗り越えて未来を生きる

この物語の主人公は、「私」「雨田具彦」「秋川まりえ」の3人であると考えました。

3人はそれぞれ、過去に大切なものを失っています。

人物過去
少年時代に妹こみちが病気で死亡
雨田具彦オーストリア留学時代に恋人が戦時下で死亡
秋川まりえ母親がスズメバチに刺されアナフィラキシーショックを起こし死亡

彼らの心の奥に封じ込めていた過去が、『騎士団長殺し』の絵画を起点に立ち上がり、イデアやメタファーを通じて向き合うことになります。

その過程を経て、ようやく現実と向き合い、未来を生きられるようになる物語だと解釈しました。

人物未来
妻とのやり直し
雨田具彦思い残しのない安らかな死
秋川まりえ叔母への愛の確認と免色への不信の緩和

穴とイデアとメタファー

穴=長く蓋をしてきた過去

イデア=無意識の中にあった「過去と向き合う」意志

メタファー=雨田具彦が『騎士団長殺し』を通して立ち上げた世界

免色と主人公は、封印されていた「」を解き放ちます。

この出来事は、主人公が長く蓋をしてきた過去――妹の死という心残りに向き合うきっかけとなっています。

その穴から現れるのが、騎士団長の姿をした「イデア」です。

イデアは、主人公の無意識の中にあった「過去と向き合え」という意志が、形を持って現れた存在だと考えられます。

騎士団長は、主人公を直接救う存在ではなく、進むべき方向を示します。

そして、絵画と同じように、剣で刺し貫かれることを望みます。

この行為は、雨田具彦が過去を塗り替えるための必要条件であると同時に、主人公が過去を塗り替える旅、つまり雨田具彦が立ち上げたメタファーの世界へ入るための入口になります。

人物メタファー
騎士団長過去の宿敵の象徴
顔長過去の塗り替えを俯瞰的に見つめる者
顔無し無と有の橋渡し
ドンナ・アンナ妹(オーストリア人彼女)

主人公は、メタファーの世界で妹と再会したことで、再び穴へと帰着します。

この体験を通じて、主人公は過去を抱えたまま、向き合うべき現在――妻との関係を生き直すことを認識したのだと思います。

同時に、雨田具彦自身もまた、長年封じ込めてきた過去を浄化することができたのでしょう。

一方、秋川まりえも母の死という過去から抜け出せずにいました。

身体的な成長が止まっているかのような描写は、その時間が彼女の中で停滞していたことを象徴しているように感じました。

免色の家に閉じ込められる状況の中で、秋川まりえはイデアに導かれ、自らの意思で家を抜け出します。

その選択によって、彼女もまた過去から解放され、現実へと戻ることができたのだと思います。

スバルフォレスターの男

スバルフォレスターの男は=「過去を乗り越える際に立ちはだかる視線」のメタファー

スバルフォレスターの男は、「過去を乗り越える際に立ちはだかる視線」のメタファーだと考えました。

  • 私にとっては、スバルフォレスターの男の視線
  • 雨田具彦にとっては、拷問されたドイツ兵の視線
  • 秋川まりえにとっては、双眼鏡で覗く免色の視線

過去の負い目、罪悪感、しがらみを視線として感じてしまうことで、過去から目をそむけたくなるのだと思います。

それらを認識したうえで、過去に新しい解釈を与えられるかどうかが、過去を克服できるかの分岐点になる。

そんな示唆を持つ「スバルフォレスターの男」の絵画もまた、過去克服の旅を始める重要なファクターになっていました。

免色との対比

免色=過去に適切に向き合わなかった人の象徴

免色は、主人公〈私〉が体験することになる「愛した女性が去り、その女性が妊娠・出産する」という出来事を、すでに経験している存在です。

しかし物語を通して、免色の過去への向き合い方は必ずしも正しくなかったことが明らかになっていきます。

免色は、まりえが自分の娘かもしれないという可能性だけを頼りにして、過去と向き合うことを避け、どこか不自然な方法で物事を前に進めようとしていました。

そのため、〈私〉と共に穴をこじ開け、あるいは穴の中に身を置いたにも関わらず、免色の前にイデア(騎士団長)が現れることはなかったのだと思います。

結果として免色は、秋川まりえにとって、過去を脱却するための足かせ――スバルフォレスターの男のような存在にもなってしまっていました。

過去を脱却できなければ、これまでと変わらない不自然なやり方で未来を生きていくしかないのですが、秋川まりえが過去を脱却したことにより、結果として免色を助ける存在になっていく可能性も感じられます。

ゆず(妻)が去った理由

私が過去の克服をできていなかったから

ゆずが主人公〈私〉のもとを去った理由は、主人公自身が過去を克服できていなかったことにあると思います。

〈私〉は、妹・こみの死を乗り越えられないまま生きていました。

その過去の引っかかりが無意識のうちに妻と向き合うことを妨げ、次第に夫婦の間には溝が生まれていたのだと思います。

しかし、妻が離れたことをきっかけに、〈私〉は穴・イデア・メタファーを通じて過去と向き合い、ようやく妹の死を引き受けることができるようになります。

その結果、初めて現在を生きる覚悟が整い、ゆずとの関係も再び結び直されていきました。

夢の中で示された性的な行為もまた、単なる欲望ではなく、過去から逃げていた自分が、本当の意味で妻を求められるようになったことの表れだと感じました。

その意志の強さは物理的ではなくてもゆずを妊娠たらしめたかもしれないほどです。

ゆずとの関係をめぐる一連の出来事は、過去と向き合うためのきっかけであると同時に、過去と向き合いきった末に、人と再び向き合うための終着地であり、この物語の核となる部分だと思います。

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