記事概要
- 村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』を読み終えた方
- 『ねじまき鳥クロニクル』の一考察をもとに作品の理解を深められている

いちごバター
読書歴5年、2人で500冊以上読んできた本好き夫婦が、『ねじまき鳥クロニクル』の解釈が難解だったところについて、解釈をまとめていきます。
あくまで一読者としての感想・解釈ですが、作品をより深く楽しむきっかけとなれたらうれしいです。
ねじまき鳥クロニクルの基本情報

【出版年】
1994年 / 8作目の長編
【書籍構成】
| 順番 | タイトル | ページ数(文庫版) |
|---|---|---|
| 1 | 泥棒かささぎ編 | 312ページ |
| 2 | 予言する鳥編 | 432ページ |
| 3 | 鳥刺し男編 | 600ページ |
【ポジショニングマップ】
幻想的なシーンが多く、物語性が強い作品

(表の見方)
横軸:物語性⇔文学性
※大前提、村上春樹作品はすべての作品に文学性があります。その中で、どれだけ物語性があるかどうかを主観的に判断して位置を決めています。
縦軸:幻想的⇔現実的
※現実から逸脱した設定が多いほど、幻想的な作品として位置を決めています。
ねじまき鳥クロニクルの考察
作品をひも解く鍵
暴力と理性の対比

作品をひも解く鍵は「理性と暴力の対比」にあると読み解きました。
※暴力の対置の単語として「理性」以上に適切な言葉もあるかもしれませんが。
何が理性側で、何が暴力側に当たるのかいくつか整理してみます。
一つは、「仮縫い」と「犯し」の対比。
赤坂ナツメグが行っていた「仮縫い」は、人の痛みを和らげる効果がある一方、綿矢昇の「犯し」は、人を汚すものです。
また、「想像力」と「罪悪感のなさ」の対比。
暴力側の皮剥ぎのボリスは、「想像力を働かすな」と発言し、罪悪感なく人の皮を剥いでいきます。
久美子も多数の男性と関係を持つことに、罪悪感を持つことが出来なくなってしまいました。
そして、「井戸水」と「枯れた井戸」の対比。
暴力に屈した岡田亨と間宮は、枯れた井戸に突き落とされています。
また、枯れた井戸は、暴力側の世界への入口になっています。
その世界にて、岡田亨が綿矢昇を倒したことで、枯れた井戸に水が湧き出ているところは、理性の世界に帰還したことを象徴していると思います。
理性の側の年代記こそまさに、「ねじまき鳥クロニクル」なのです。
岡田亨
妻を理性の世界に取り戻すために、暴力の世界で戦った人物

岡田亨は理性側の世界にいながら、暴力側の世界から久美子を取り戻そうとします。
その過程で、暴力の象徴である綿矢昇と対峙することになります。
まず岡田は、間宮と同じように枯れた井戸の中に身を置き、手がかりを得ようとします。
井戸を通じて暴力の世界に足を踏み入れた因果により、赤坂ナツメグの父(獣医)と同様に、頬に痣が現れます。
次に、街に出て行き交う人々を観察し、手がかりを探ります。
そこで、久美子が中絶した夜に北海道で見かけた男を発見します。
岡田はその男の家に入り、バットで殴りつけられますが、逆に男をバットで殴り、徹底的な暴力を加えます。
この出来事を経て、岡田は決断します。
「暴力の世界に行き、暴力によって久美子を取り戻さなければならない」と。
その後、痣をきっかけに赤坂ナツメグと出会い、「仮縫い」の後継者となります。
枯れた井戸のある旧宮脇家を確保し、暴力の世界への入口を確保したうえで、仮縫いも行います。
そして岡田は再び暴力の世界へ踏み込み、そこで綿矢昇と対決します。
バットでその頭を殴り割り、理性の世界へと戻ってきます。
その結果、現実の世界においても綿矢昇は倒れ、久美子がとどめを刺すことで、二人は暴力の世界から解放されます。
久美子を取り戻す場面そのものは描かれません。
しかし、刑務所にいる久美子を前向きに待つ姿によって、岡田亨の物語は静かに幕を閉じます。
- 痣は何を意味するのか?
戦時下の満州においても、暴力的な行為をしなかった赤坂ナツメグの父(獣医)の意思の継承を意味していると思いました。
これは、綿矢昇が叔父の暴力的な意思を継いでいることと対比されていると思います。
また、暴力の反対としての被暴力の意味も込められている可能性はあります。
久美子
兄に暴力の世界に取り込まれ、夫の元を離れた人物

久美子は、綿矢昇に犯されたことで、暴力側の世界に足を踏み入れていました。
久美子の姉も同様に綿矢昇に犯され、命を絶っています。
その中で久美子は岡田亨と結婚し、暴力の世界から離れることを望みます。
しかし中絶をきっかけに、岡田を裏切る不貞行為を繰り返すようになります。
そこに罪悪感が芽生えなかったことから、「暴力の世界からは逃れられない」と悟り、夫の前から姿を消します。
姿を消す少し前から、理性の世界にいる久美子は、岡田亨に電話をかけ、卑猥な話を持ちかけます。
想像力を喚起する卑猥な会話は、意味のない性行為とは異なり、理性的な営みであることが示唆されています。
そして、その理性の世界にいる久美子が岡田によって救い出されたことで、綿矢昇からの暴力から解放されます。
その結果、久美子は刑務所に入ることになります。
しかし、その罪を償ったとき、岡田のもとへ帰る可能性がほのかに示唆され、物語は締めくくられています。
綿矢昇
暴力の世界の代表人物であり、理性の側の敵

綿矢昇は、暴力の世界の代表人物であり、理性の側の敵として描かれています。
兵站で活躍した叔父の地盤を引き継ぎ政治家となることで、戦時下から連綿と引き継がれてきた暴力性を背負うことになります。
『ねじまき鳥クロニクル』において、理性側のクロニクルのアンカーが岡田亨であるとすれば、暴力側のクロニクルのアンカーは綿矢昇です。
綿矢昇は、少なくとも久美子、久美子の姉、加納クレタを「犯した」ことが示されています。
※本作における「犯し」は直接的な性的暴行ではなく、「仮縫い」の対置として、人の暴力性を引き出す儀式のような行為を指します。
綿矢昇は久美子を暴力側の世界へ引き戻し、終始、岡田亨から妹を遠ざけようとします。
また、岡田亨が旧宮脇家を手に入れ、暴力の世界に抗おうとする動きに対しては、牛河を通じてこれを抑圧しようとします。
しかし最終的には、暴力の世界における決闘で岡田亨に敗れ、現実世界でも脳溢血で倒れます。
そして久美子にとどめを刺されることで、その支配は終わりを迎えます。
戦時下から紡がれてきた暴力性の敗北をもって、物語は幕を閉じています。
笠原メイ
暴力性を抱えながらも、岡田亨との関わりを通じて理性の世界へ引き込まれていく人物

笠原メイは、暴力性を抱えながらも、岡田亨との関わりを通じて理性の世界へ引き込まれていく人物です。
彼女は「ぐちゃぐちゃとした熱源」を内に抱えており、同級生とバイクに乗っている最中に目を塞いで死なせてしまったことや、岡田亨を井戸に閉じ込めて死の淵に追いやろうとするなど、暴力性の兆しを見せています。
しかし、岡田との関わり自体が「仮縫い」のような役割を果たし、彼女は徐々に理性の世界へと引き寄せられていきます。
あるいは、岡田の痣をなめる行為が「仮縫い」の役割を果たした可能性もあります。
枯れた井戸の近くから離れ、高校に通い、かつら工場で働くようになる過程で、理性の世界への移行は決定的になります。
そして最終的には、岡田亨を助けうる存在へと成長していきます。
笠原メイは、暴力の世界から理性の世界へと引き戻された一つの例であり、久美子を救い出せる可能性を示唆する存在です。
ラストシーンには、そうした希望が感じられます。
加納クレタ
綿矢昇に「犯された」ことで暴力性が顕在化しながらも、そこから立ち直った人物

加納クレタは、綿矢昇に「犯された」ことで暴力性が顕在化しながらも、そこから立ち直った人物です。
クレタはもともと、あらゆることに苦痛を感じる、理性の世界の住人であったと考えられます。
自死を図り、車で壁に激突したことでその苦痛からは解放されますが、代わりに何も感じられない状態に陥ります。
この状態は、暴力の世界における「想像力の欠如」と通じるものがあります。
その内に潜んでいた暴力性は、綿矢昇に「犯された」ことで、決定的なかたちで表面化したのだと考えられます。
しかし、姉である加納マルタの尽力により、クレタは徐々に理性の世界へと回復していきます。
「意識の娼婦」――すなわち想像力による性行為は、暴力の世界における無感応な性行為の対置にある概念だと捉えられます。
そして最終的に、「仮縫い」を行う岡田亨との性行為を通じて、クレタは明確に暴力の世界から離脱し、「加納クレタ」という名前さえ手放します。
その後は、理性の世界の住人である間宮中尉とともに広島で暮らし、子どものコルシカと野菜を育てながら、静かな生活を送ることになります。
- 子供の名前はなぜコルシカなのか?
マルタ、クレタと同じく、コルシカもヨーロッパの島の名前です。
コルシカ島は「ナポレオン生誕の地」として有名です。
ここにどのような意味が含まれているかは明示されていませんが、革命の象徴、軍事的才能のあるナポレオンはどちらかというと暴力性を象徴しそうで不穏な雰囲気があります。
新たなクロニクルの幕開けとなるのでしょうか。
間宮中尉
かつてノモンハン、シベリアでボリスの暴力性と戦った人物

間宮中尉は、ノモンハンやシベリアにおいて、ボリスの暴力性に翻弄された人物です。
本田によって岡田亨と引き合わされることで、間宮の壮絶な戦時体験が語られます。
間宮はノモンハンで、上官がボリスによって皮剥ぎに遭う場面を目撃します。
さらに自身も枯れた井戸の底に突き落とされ、生死の境をさまような体験をします。
その後、本田に救われて一命を取りとめますが、戦闘の中で片腕を失います。
やがてシベリアの労働施設に収容され、再びボリスと対峙します。
そこで殺害の機会をうかがいますが、最終的にボリスを殺すことはできませんでした。
帰国後、間宮は抜け殻のような余生を送ることになります。
間宮中尉とボリスの関係は、長い時を経て、岡田亨と綿矢昇の関係へと引き継がれています。
そして岡田亨が綿矢昇を倒したことで、間宮もまた長く続いた暴力の連鎖から解放され、加納クレタとともに穏やかな生活を手に入れるに至ります。
赤坂ナツメグ・シナモン・獣医
理性の力を岡田亨に継承する役割を担った人物

赤坂ナツメグは、理性の力を岡田亨へと継承する役割を担った人物です。
ナツメグは、顔に痣を持つ獣医の娘であり、かつて暴力的な潜水艦の事件から一命を取りとめた経験を持っています。
その後、服飾の仕事に没頭し、夫と出会い、その間にシナモンが生まれますが、夫は暴力的に刺殺されてしまいます。
やがて、ナツメグは「仮縫い」の能力を得て、シナモンは声を失います。
また、赤坂シナモンのコンピュータに保存されている【ねじまき鳥クロニクル】というファイルの#8には、ナツメグの父である獣医の話が記されています。
この獣医は、戦時下においても暴力性に支配されることなく、理性の世界にとどまり続けた人物として描かれています。
その父から理性を受け継いだナツメグとシナモンは、「ねじまき鳥」の一員として、クロニクルの#12〜14あたりを紡いできた存在であると考えられます。
そして最終的に、父と同じ痣を持つ岡田亨を街中で見出し、「仮縫い」を継承します。
以後、ナツメグは岡田亨が暴力と対峙する過程を最後まで支え続けることになりました。
その他の謎
- ねじまき鳥とは?
簡潔に言えば「理性の世界を維持・修復するために、世界のねじを巻き直す存在」。
クロニクルに名を連ねるものでいうと、間宮中尉、獣医、赤坂ナツメグ、岡田亨、(久美子)。
- 本田、加納マルタ、牛河はどうなったか?
彼らは、未来予知的な能力を持っていて、人々をつなぎ合わせます。
本田は、岡田亨と間宮中尉を引きあわせて、亡くなりました。
加納マルタは、岡田亨と綿矢昇の仲介人を務め、加納クレタを助け、姿を消しました。
牛河は、綿矢昇が死ぬ直前に、暴力の世界から手を引きました。
彼らは理性と暴力のはざまの仲介役のような役割を担っていて、暴力の世界の終焉により、平穏無事ではなさそうな雰囲気が漂っています。
- 猫の失踪と加納マルタの関係は?
猫の失踪は、「ワタヤ・ノボル」という名前を付けた故に発生したと解釈しました。
猫は暴力的な世界をさまよっていて、理性的な姿として再び姿を現したのだと思います。
理性的な世界にいる猫は、新たに「サワラ」という名を与えられました。
(加納クレタと原理は同じ)
加納マルタは、元の猫の尻尾を引き受けていたことから、猫の暴力性を引き受け、暴力の世界の崩壊とともに姿を消したということなのかもしれません。
- 少年の夢の描写は?
夢の中で、父に似た男が木に登り、背の高い帽子をかぶった男が何かを地面に埋めている。
現実に、地面を掘り起こすと心臓が出てくるというシーンがあります。
明らかな解明は難しいですが、これもやはり理性と暴力の対比のシーンなのでしょうか?
理性を持つ男は、天に召され、暴力の男は、命を地面に埋める。
これは、獣医が登場するシーンで、中国人が殺されるシーンに似ているような気がします。
