記事概要

対象者
  • 村上春樹の『騎士団長殺し』を読み終えた方
目的
  • 『騎士団長殺し』の一解釈をもとに作品の理解を深められている

いちごバター

読書歴5年、2人で500冊以上読んできた本好き夫婦が、『騎士団長殺し』の解釈が難解だったところについて、解釈をまとめていきます。

あくまで一読者としての感想・解釈ですが、作品をより深く楽しむきっかけとなれたらうれしいです。

『騎士団長殺し』の基本情報

【出版年】

2017年 / 14作目

(第1部「顕れるイデア編」、第2部「遷ろうメタファー編」の2巻同時刊行)

【書籍構成】

順番タイトルページ数(文庫版)
1顕れるイデア編(上)336ページ
2顕れるイデア編(下)336ページ
3遷ろうメタファー編(上) 336ページ
4遷ろうメタファー編(下) 384ページ

【ポジショニングマップ】

幻想的なシーンが多く、文学性が強い作品

(表の見方)

横軸:物語性⇔文学性

※大前提、村上春樹作品はすべての作品に文学性があります。その中で、どれだけ物語性があるかどうかを主観的に判断して位置を決めています。

縦軸:幻想的⇔現実的

※現実から逸脱した設定が多いほど、幻想的な作品として位置を決めています。

解釈

作品の主題

過去を乗り越えて未来を生きる

この物語の主人公は、「私」「雨田具彦」「秋川まりえ」の3人であると考えました。

3人はそれぞれ、過去に大切なものを失っています。

人物過去
少年時代に妹こみちが病気で死亡
雨田具彦オーストリア留学時代に恋人が戦時下で死亡
秋川まりえ母親がスズメバチに刺されアナフィラキシーショックを起こし死亡

彼らの心の奥に封じ込めていた過去が、『騎士団長殺し』の絵画を起点に立ち上がり、イデアやメタファーを通じて向き合うことになります。

その過程を経て、ようやく現実と向き合い、未来を生きられるようになる物語だと解釈しました。

人物未来
妻とのやり直し
雨田具彦思い残しのない安らかな死
秋川まりえ叔母への愛の確認と免色への不信の緩和

穴とイデアとメタファー

【穴】=潜在意識(無意識)の入口

【イデア】=潜在意識(無意識)内に抱える過去の傷の象徴

【メタファー】=雨田具彦が『騎士団長殺し』を通して立ち上げた過去を克服するための世界

免色と主人公は、封印されていた「」を解き放ちます。

この穴が潜在意識への入口の役割を果たします。

この穴を通ることは、主人公が無意識下で長らく蓋をしてきた過去(妹の死)に向き合うきっかけとなっています。

その穴から現れるのが、騎士団長の姿をした「イデア」です。

イデアは、主人公の無意識の中に抱えられた傷が、形を持って現れた存在だと考えられます。

そして、主人公を直接救うことなく、進むべき方向を示しながら、絵画と同じように、剣で刺し貫かれることを望みます。

この行為は、雨田具彦が過去を克服するための必要条件であると同時に、主人公が過去を克服する旅、つまり雨田具彦が立ち上げたメタファーの世界へ入るための入口になります。

その旅に出てくる象徴的な人物には以下のような役割が与えられています。

人物役割
騎士団長過去の傷
顔長過去の克服を俯瞰的に見つめる者
顔無し意識と無意識の橋渡し
ドンナ・アンナ

主人公は、メタファーの世界で妹と再会できたことで、再び穴へと帰着します。

この体験を通じて、主人公は過去を抱えながらも、向き合うべき未来、妻と生き直すという決意に至りました。

同時に、雨田具彦自身も、長年封じ込めてきた過去を浄化することができたようでした。

一方、秋川まりえも母の死という過去から抜け出せずにいました。

小さい胸に関する描写は、過去の傷に囚われ、それ以来前に進んでいないことを象徴しているように感じました。

そんな秋川まりえは、免色の家に閉じ込められる状況でイデアに導かれ、自らの意思で家を抜け出します。

その選択によって、彼女もまた過去から解放され、未来を生きる決断をすることができたのだと思います。

スバルフォレスターの男

「過去を乗り越える際に立ちはだかる視線」のメタファー

スバルフォレスターの男は、「過去を乗り越える際に立ちはだかる視線」のメタファーだと考えました。

  • 私にとっては、スバルフォレスターの男の視線
  • 雨田具彦にとっては、拷問されたドイツ兵の視線
  • 秋川まりえにとっては、双眼鏡で覗く免色の視線

人は、過去の負い目、罪悪感、しがらみを視線のように感じてしまうことで、過去から目を背けたくなるものです。

その視線を認識したうえで、過去に新しい解釈を与えられるかどうかが、過去を克服できるかの分岐点になります。

だからこそ、その示唆を孕む「スバルフォレスターの男」の絵画もまた、メタファーの世界を旅する際の重要な要素になっていたのだと思います。

免色との対比

過去に適切に向き合わなかった人の象徴

免色は、主人公〈私〉が体験することになる「愛した女性が去り、その女性が妊娠・出産する」という出来事を、すでに経験している存在です。

しかし物語を通して、免色の過去への向き合い方は必ずしも正しくなかったことが明らかになっていきます。

免色は、まりえが自分の娘かもしれないという可能性だけを頼りにして、過去と向き合うことを避け、どこか不自然な方法で物事を前に進めようとしていました。

そのため、〈私〉と共に穴をこじ開け、あるいは穴の中に身を置いたにも関わらず、免色の前にイデア(騎士団長)が現れることはなかったのだと思います。

結果として免色は、秋川まりえにとって、過去を克服するための足かせ――スバルフォレスターの男のような存在にもなってしまっていました。

過去を克服できなければ、これまでと変わらない不自然なやり方で未来を生きていくしかないのですが、秋川まりえが過去を克服したことにより、結果として免色を助ける存在になっていく可能性も感じられます。

免色のクローゼットは何を意味するか?

まさに過去への執着そのものを表していると思います。

ゆず(妻)が去った理由

私が過去の克服をできていなかったから

ゆずが私のもとを去った理由は、私自身が過去を克服できていなかったことにあると思います。

私は、妹・こみの死を乗り越えられないまま生きていました。

その過去の引っかかりが無意識のうちに妻と向き合うことを妨げ、次第に夫婦の間には溝が生まれていたのだと思います。

しかし、妻が離れたことをきっかけに、私は穴・イデア・メタファーを通じて過去と向き合い、ようやく妹の死を引き受けることができるようになります。

その結果、初めて未来を生きる覚悟が整い、ゆずとの関係も再び結び直されていきました。

夢の中で示された性的な行為もまた、単なる欲望ではなく、過去から逃げていた自分が、本当の意味で妻を求められるようになったことの表れだと感じました。

その意志の強さは物理的ではなくてもゆずを妊娠たらしめたかもしれないほどです。

ゆずとの関係をめぐる一連の出来事は、過去と向き合うためのきっかけであると同時に、過去と向き合いきった末に、人と再び向き合うための終着地であり、この物語の核となる部分だと思います。

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