記事概要

対象者
  • 村上春樹の『風の歌を聴け』を読み終えた方
目的
  • 『風の歌を聴け』の一考察をもとに作品の理解が深められている

いちごバター

読書歴5年、村上春樹長編をすべて読んだ夫婦が、『風の歌を聴け』の解釈が難解だったところについて、解釈をまとめていきます。

あくまで一読者としての感想・解釈ですが、作品をより深く楽しむきっかけになれたらうれしいです。

風の歌を聴けの基本情報

【出版年】

1979年 / デビュー作

【書籍構成(青春三部作)】

順番タイトルページ数(文庫版)
1風の歌を聴け160ページ
21973年のピンボール183ページ
3羊をめぐる冒険(上)268ページ
4羊をめぐる冒険(下)257ページ

【ポジショニングマップ】

現実的なシーンが多く、文学性が強い作品

(表の見方)

横軸:物語性⇔文学性

※大前提、村上春樹作品はすべての作品に文学性があります。その中で、どれだけ物語性があるかどうかを主観的に判断して位置を決めています。

縦軸:幻想的⇔現実的

※現実から逸脱した設定が多いほど、幻想的な作品として位置を決めています。

風の歌を聴けの考察

作品の主題

無意味に過ぎ去る物事の声を聴き、それと向き合うこと

『風の歌を聴け』の主題は、「無意味に過ぎ去る物事の声を聴き、それと向き合うこと」だと考えています。

作中で繰り返し現れる「風」は、人間の意思では止められない時間や運命、そして宇宙の流れそのものを象徴しています。

そして風の声とは、死、失恋、若さの終わり、中絶、挫折など、やがて忘れ去られていく出来事たちの声です。

  • 僕はハートフィールドに倣い、それらの喪失を時系列に並べ、記録することで向き合おうとします。
  • 鼠は、蝉や蛙や蜘蛛や風が一体となって流れていく世界の中に何らかの意味を見出そうとし、「蝉のために書く」ことを理想として語ります。
  • 小指のない女の子は、中絶の経験や身体的な欠損、そして過去の喪失を抱えながら、「悪い風」が吹き続ける人生に苦しんでいます。
  • ハートフィールドは風の背後にある宇宙の不毛さを誰よりも理解していたがゆえに、自ら命を絶ちました。
  • ラジオDJは、人々の声を拾い上げ、誰かへ届けることで、それらに意味を与える役割を担っています。

このように登場人物たちは、それぞれ異なる形で風の歌を聴いています。

『風の歌を聴け』とは、風に逆らうことでも、ただ流されることでもありません。

消えていくものの声に耳を澄ませ、その無意味さや不毛さを受け止めながら向き合うことを指しているのだと思います。

「風の歌」を聴き、それを文章として記録する人物

事実
  • 29歳になってからこの物語を書いている
  • 1970年の8月に故郷へ帰省している
  • 当時、東京の大学に通う学生(21歳)
  • 鼠の親友
  • ジェイズ・バーに通っている
  • 小指のない女の子と出会う
  • 14歳まで無口だったが、以後は無口でもおしゃべりでもない人間になる
  • 学生運動に参加していた
  • 前歯を機動隊に折られている
  • 過去の恋愛について回想する
  • 三人目の性交相手が首つり自殺している
役割

僕は「風の歌」を聴き、それを文章として記録する人物です。

14歳までほとんど話さなかったことからも分かるように、彼は世界に積極的に働きかけるよりも、まず観察し受け止める側の人間として描かれています。

作中では僕はさまざまな喪失を経験していますが、それらに明確な意味を与えることはできません。

それでもハートフィールドに倣い、過ぎ去った出来事を時系列に並べて言葉にすることで、風の声を残そうとします。

鼠が意味を探そうとする人物だとすれば、僕は意味が見つからなくても記録し続ける人物です。

29歳になった彼がこの物語を書いていること自体が、消えてしまった1970年の夏の風の歌を聴き直し、それと向き合う行為だったのだと考えられます。

「風の歌」を聴き、その中に意味を見出そうとする人物

事実
  • 僕の親友
  • 裕福な家庭に育つ
  • 父親との関係に悩んでいる
  • 学生運動に参加していた
  • 大学に戻らないことを決めている
  • ガールフレンドの存在が示唆される
  • 小説を書いている
  • 自分が小説を書くなら「蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために書きたい」と語る
役割

鼠は「風の歌」を聴き、その中に意味を見出そうとする人物です。

彼は裕福な家庭に生まれながらも父親や社会の価値観に馴染めず、自分の居場所を見つけられずに苦しんでいます。

そんな彼は小説を書くことを志し、自分が書くなら「蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために書く」と語ります。

それは、自分の抱える苦しさを世界を流れる無数の出来事の中に位置づけ、その意味を見出そうとする姿勢の表れだと考えています。

僕が風の声を記録する人物だとすれば、鼠は風の声に意味を見出そうとする人物です。

小指のない女の子

無慈悲な風に翻弄される人物

事実
  • ジェイズ・バーで泥酔していたところを僕に介抱される
  • 左手の小指がない
  • 双子の妹がいる
  • レコード店で働いている
  • 「頭の上をいつも悪い風が吹いている」と語る
  • 旅行に行くと偽って手術を受けており、中絶だったことがほのめかされる
  • 12〜13年前に父親を亡くしている
  • 母親との関係が良好ではないことがほのめかされる
  • 自身の人生について「ずっと嫌なことばかりだった」と語る
役割

小指のない女の子は、無慈悲な風に翻弄される人物です。

父親の死や母親との確執、小指の欠損、そして中絶といった喪失を経験し、自分ではどうすることもできない出来事に繰り返し傷ついています。

彼女が語る「頭の上をいつも悪い風が吹いている」という言葉は、人間の力では変えられない運命や境遇の残酷さを表しているように感じられます。

僕が風を記録し、鼠が風に意味を見出そうとする人物だとすれば、彼女は風の冷たさを最も直接に受けている人物です。

その存在は、この作品が描く「人生には理由のわからない不幸や喪失がある」という現実を象徴しているのだと思います。

鼠の彼女は、小指のない女の子のことなのか?

その可能性は高いと考えられています。

根拠としてよく挙げられるのは、「ジョン・F・ケネディに関する会話」と「中絶の時期と鼠の不調の一致」の2点です。

まず、鼠はかつて交際していた女性に対してジョン・F・ケネディの話をしており、小指のない女の子もまた、僕との会話の中でジョン・F・ケネディについて語っています。

この共通点から、二人が同一人物であることが示唆されていると解釈されています。

また、小指のない女の子は旅行に行くと偽って中絶手術を受けていますが、その時期と重なるように、鼠はひどく気分を落ち込ませていたことが作中で描かれています。

こうした描写から、多くの読者や研究者は、小指のない女の子と鼠が恋人関係にあり、彼女が中絶した子どもの父親は鼠だった可能性が高いと考えています。

デレク・ハートフィールド

「風の歌」の不毛さを最も深く理解していた人物

事実
  • 作中に登場するアメリカ人作家(架空)
  • 『冒険児ウォルド』『火星の井戸』などの著者
  • 『火星の井戸』の主人公は風と会話し、「君は何を学んだ?」という問いを投げかけている
  • 「小説はグラフや年表で表現できる情報でなければならない」と主張する
  • 宇宙の観念(不毛さ)を重視しており、『ジャン・クリストフ』を肯定、『戦争と平和』を否定
  • 1938年、エンパイア・ステート・ビルから飛び降り自殺
役割

ハートフィールドは、「風の歌」の不毛さを最も深く理解していた人物です。

彼は人間の人生を広大な宇宙の中では取るに足らないものとして捉え、その不毛さを小説で描こうとしました。

代表作『火星の井戸』では、主人公が人間の尺度を超えた時間を知る風と出会い、「君は何を学んだ?」と問いかけます。

しかし風は明確な答えを与えません。

人間は意味を求める存在でありながら、宇宙そのものは必ずしも意味を返してくれない――その構図こそが、この作品全体に流れる問いの原型になっているように思えます。

その不毛さを誰よりも理解していたからこそ、母親の死をきっかけに絶望したのかもしれませんし、自らの死さえ宇宙の流れの中の取るに足らない出来事として受け入れたのかもしれません。

作中ではその真意は語られませんが、彼の自死そのものが、彼の思想を象徴する出来事として描かれています。

ハートフィールドは「風の歌」の姿を最も正確に捉えた存在であり、同時に『風の歌を聴け』を書く僕を導いた原点でもあるのです。

ラジオDJ

風の声に意味を与える人物

事実
  • ラジオ番組のDJ
  • リスナーから届く手紙やメッセージを紹介する
  • 5年前に僕へレコードを貸した女性からの伝言を届ける
  • 闘病中の17歳の少女からの手紙を紹介する
  • 「ON」と「OFF」で放送中と放送外の声が描かれる
役割

ラジオDJは、風の声に意味を与える人物です。

彼の番組には、過去の思い出や病気など、それぞれの人生の中で生まれた些細な風の声が集まってきます。

それらは本来、時間の流れの中で忘れ去られていく断片的な出来事に過ぎません。

しかしDJは、その声を拾い上げ、電波に乗せて誰かへ届けることで、一つの意味を持った物語へと変えていきます。

作中で繰り返し描かれる手紙やメッセージは、人間が無意味に過ぎ去っていく出来事に意味を与えようとする営みそのものを象徴しているように感じられます。

僕が風の声を記録し、鼠がその意味を探そうとする人物だとすれば、ラジオDJは風の声を集め、人と人とのあいだで意味へと変換する人物です。

その存在は、『風の歌を聴け』という作品が描く「意味づけ」という人間的な行為の価値を体現しているのだと思います。

相関図

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