記事概要
- 休職中で不安事項がある方
- 休職中の不安が少しでも解消される

いちご
適応障害で半年間休職した経験を持つ筆者が、当時綴っていたnoteをカテゴリ別に紹介していきます。
休職理由
- 休職した理由は?
心療内科にて「適応障害」と診断されたため。
適応障害となってしまった理由は、主に三つ。
- 上司との不和
- 連日のプレッシャー
- 自身の無能感
※詳しくは以下の記事へ
進路
- 休職後の進路は?
- その他検討した進路は?
- 退職手続き・失業手当の受給はどのように行うか?
休職者の退職手続きの体験記は以下の記事
ハローワークにおける失業手当の受給についてはこちらの記事
お金事情
- 傷病手当金の受給フローは?
僕の場合は以下の画像の通りでした。
休職してから傷病手当金が振り込まれるまで約3~4か月のラグがありました。
※会社によってフローやラグの大きさは異なると思われます。

- お金のやりくりはどうしていたか?
詳しくは以下の記事にまとめています。
傷病手当金が入らなかった4か月間も税金を支払う必要があったため、様々な方法で何とかやりくりしました。
※その他、休職中のお金事情に関しての気持ちをつづったnote記事もあります。
人間関係
家族(パートナー・シマリス)
- 家族にはいつ打ち明けた?そのときの反応は?
妻には休職に至る前から相談していました。
そして休職後には、どんな時も味方でいてくれました。
シマリスのぶるちゃんは常時可愛かったです。
※家族について書いた記事は以下
両親
- 両親にはいつ打ち明けた?そのときの反応は?
休職後1か月半後に打ち明けました。
父も母も味方でいてくれました。
そのうえで現実的なアドバイスをしてくれました。
※両親について書いた記事は以下
友人
- 友人にはいつ打ち明けた?そのときの反応は?
一番仲の良い友人に、休職後5か月経ったころにようやく打ち明けました。
皆優しい反応をくれ、もっと早く打ち明けても良かったなと感じました。
しかしそれ以降、友人との付き合いが自分にとって重荷になっており、少し距離を置いています。
※友人について書いた記事は以下
同僚
- 同僚にはいつ打ち明けた?そのときの反応は?
休職した時点で同僚は把握していました。
休職して1か月後に同期会に参加し、いろいろな話をして心が少し軽くなりました。
退職後は何人かが連絡をくれましたが、返信をすることが出来ませんでした。
※同僚について書いた記事は以下
こころの改善
- こころの改善とは?
僕にとってのこころの改善とは、自分のこころの形を変えて物事の捉え方を変えることです。
こころの形を変えずに、物事の捉え方を矯正することとは違います。
また、社会に適応するために、「気にしない」術を身に着けることとも違います。
ゆっくりと時間をかけて、こころを成長させていくようなイメージで改善を目指していました。
- こころの改善のために行っていたことは?
僕は「読書」によってこころを改善しようと思っていました。
休職期間半年で120冊の書籍(ほとんど小説)を読み、少しだけこころの形を変えることができたと信じています。
※読んで良かった本は以下の記事参照
- カウンセリングの利用は?
カウンセリングの利用は会社の制度上無料で出来ましたが、結局利用しませんでした。
復職をするつもりがなかったため必要ないと自己判断していましたが、以下の書籍を読み認識を改めました。
カウンセリングの利用はおすすめします。
リンク
- 心療内科の先生とどんなことを話していたか?
心療内科の先生にはあまり個人的な話をしませんでした。
診断書や傷病手当金申請書の記入など、手続き的な話をするだけでした。
- 産業医の先生とどんなことを話していたか?
産業医の先生には早い段階で「復職のつもりはない」ことを伝えていたので、正直に生活のこと、療養のこと、再発防止のことなど様々なことを伺っていました。
※以下、こころの改善の証跡
生活
- 休職期間の生活の変遷は?
休職し始めてから、約1~2週間でメンタルは安定しました。
それ以降は、睡眠、食事ともにに健全になりました。
安定してからは基本的に家にいましたが、たまに近所の図書館へ散歩に行っていました。
- 休職期間中の身体の変化は?
僕の場合は半年間で7~8キロほど体重が落ちました。
ストレスを感じると糖分をとってしまう体質らしく、ストレスが軽減したことで痩せた+運動量の減少による筋力低下の結果だと考えています。
※休職中の生活に綴った記事は以下
休職後最初の一週間
休職1か月あたり
休職3か月以降
振り返り・考察・その他
- 休職中どのようなことを考えていたか?
主に、自分の過去のこと、自分の気質の考察、休職している立場から見える世界などについて思いを巡らしていました。
